特集  創立80周年を迎えて 森 裕志 | 岐阜薬科大学同窓会

会報九重(ここのえ)

特集  創立80周年を迎えて 森 裕志

創立80周年を機に思うこと
創立80周年記念事業実行委員長
岐阜薬科大学・名誉教授
森   裕 志(大18)

岐阜薬科大学は平成24年に創立80周年を迎え、 次への飛躍を期して平成24年9月22日に創立80周年記念事業が執り行われました。 ここではその様子をご紹介し、 後半部分ではこれからの本学の益々の発展を願って私見を述べさせていただきます。
当日は、 記念式典に先立ち、 本学の創設 (岐阜薬学専門学校、 昭和7年) に多大な貢献をされた松尾国松氏および渡邊甚吉氏の胸像除幕式が催されました。 その創立は世界恐慌の最中であり、 創立の目的は 「我が国の薬学の振興を期し、 学術の中心として広く知識を授けるとともに、 深く薬学に関する学理と技術を教育研究し、 知的道徳的に優れ、 また応用力のある人材を育成する」 との高邁なものでした。 胸像が設置されたハーバルガーデンは新学舎 (本部) 3階の吹き抜け部分で、 周囲の研究室の窓から眺めることができ、 薬草が植えられて薬学の雰囲気を醸しています。 渡邊甚吉氏の御奥様をはじめご遺族の方々のご参列を仰いで行われた除幕式の様子は、 第一、 第二講義室、 大学院講義室にそれぞれ設置されたスクリーンに同時放映され、 当日の参加者一同が見守る中で行われました。
記念式典では勝野眞吾学長および細江茂光岐阜市長の式辞、 並びに岡野幸雄岐阜大学理事副学長の祝辞を頂戴しました。 続いて行われた記念講演会では、 大学26回卒業の深見希代子先生 (東京薬科大学教授) の 「薬学と生命科学への想い」 と題する講演、 大学14回卒業の永井博弌先生 (岐阜保健短期大学学長) の 「岐阜薬科大学進化論」 と題する講演が行われました。
ご存知のように、 本学は当初岐阜市九重町に建設され、 昭和40年に三田洞に移転しました。 平成18年の薬学教育6年制への移行で不足する学舎を補うため岐阜大学医学部に隣接して新学舎 (本部) が建設され、 平成22年から大学1~3回生が三田洞で、 4回生から新学舎で勉学することになりました。 研究部門および大学院も新学舎に移転しました。 そこで記念事業では記念講演会の後、 参加者の皆様に新学舎を見ていただくため、 「岐阜薬科大学80年のあゆみ」 および 「新学舎 (本部) および附属薬局 紹介」 のスライドを放映するとともに新学舎見学会を行いました。 ついで、 岐阜都ホテルに移動し、 記念祝賀会が盛大に行われました。
振り返れば、 昭和24年に新制大学となり、 昭和28年に大学院修士課程、 昭和40年に博士課程が設置され、 昭和40年に三田洞に移転後、 研究教育総合センター、 生物薬学研究センター、 附属薬局などが次々と建設されて岐阜薬科大学は順調に発展してきました。 しかし、 平成に入ってバブル崩壊を迎え、 経済停滞とともに大学もまた改革を迫られる時代を迎えました。 手始めの改革は大学の独立法人化、 次いで大学の再編と統合、 さらには大学認証評価が実施され、 加えて薬学教育は分野別評価が行われる時代となりました。 認証評価や分野別評価は外部機関による大学の評価であり、 大学はあらゆる観点からの改革とインターネット等による情報公開を求められるようになりました。 研究費については外部資金獲得が求められ、 自ら研究資金を獲得しないと研究もままならなくなりました。 岐阜薬科大学もこの大学改革の波を逃れることができないことは言うまでもありません。 最も有効な学生教育の手段である実験研究には外部資金の獲得が必要である一方、 教員が外部資金獲得のために汲汲としていたのでは研究も教育もおぼつかないという大きなジレンマをかかえており、 これを解決する妙案はなかなか見い出せないのですが、 例えば米国における大学への寄付キャンペーンと資産運用などの手立てを大学として真剣に考える必要があるように思います。
薬系大学改革のもう一つの柱である実務教育について、 これまでの薬系大学は創薬や研究者育成を志向する一方、 様々な時代背景から十分な実務教育は行われてきませんでした。 しかし、 前述のように昨今の経済環境と高齢化社会を迎えた医療制度の中で薬剤師の果たさねばならない役割は益々大きくなっており、 薬系大学には社会的要請として充実した薬剤師教育が求められ、 大学はこれに応えねばなりません。 今や薬学教育6年制が定着し、 分野別評価も始まって薬剤師教育の充実に向けたプログラムは着実に進行しています。 しかし、 研究とどのようにバランスをとるかについてはまだまだ教員間で見解の相違があり、 教育研究体制についても解決すべき点が多く残されています。 ところで、 日本薬学会は薬学に関連した学術の振興を目的として現在3つの学術誌 (薬学雑誌、 Chem. Pharm. Bull.、 Biol. Pharm. Bull.) を刊行しております。 日本薬学会の学術誌創刊は1881年までさかのぼることができ、 約 130 年の歴史があります。 この間、 刊行する学術誌は時代とともに改革と多くの変遷を経てきました。 現在の改革のターゲットは医療・臨床部門をいかに学術誌に取り込み、 反映させていくかにあり、 この点について編集委員会では多くの議論を積み重ねてきました。 私は編集委員会の委員長としてこれらの学術誌改革に取り組み、 平成25年度の薬学会功労賞を頂戴しました。 その経験から申し上げると、 研究や研究者教育と実務者教育を切り離しては薬学の将来はないように思います。 研究だけしていればよい、 実務者教育だけしていればよいといった状況は決して望ましくありません。 組織が小さく、 また、 伝統に裏打ちされた岐阜薬科大学であるからこそ目先の利己的な観点に捕らわれることのない十分な議論が可能であり、 岐阜薬科大学でこそ日本のオピニオンリーダーとしての薬学の新たな方向性を見出すことができると思います。 広い視野のもと、 岐阜薬科大学の発展を心から祈っております。

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