退官 御挨拶 | 岐阜薬科大学同窓会

会報九重(ここのえ)

退官 御挨拶

退官御挨拶
生化学研究室前教授
原   明
 同窓会の皆様にはご清祥のこととお慶び申し上げます。
 さて、 私は平成25年3月末日をもちまして岐阜薬科大学を定年退職致しました。 岐阜薬科大学には、 元生化学講座教授の澤田英夫先生のご推薦により、 昭和49年から生化学教室助手として奉職させていただいて以来、 38年間に亘り本学でお世話になりました。 この間、 特に平成4年に生化学教室主任になりましてからは、 恩師の石黒伊三雄先生、 澤田先生はじめ多くの先生方や会員の皆様からのひとかたならぬ御指導、 御厚情を賜り、 誠に有難うございました。 重ねて厚く御礼申し上げます。
 顧みますと、 生化学教室で学んだ多くの卒業生、 顧問としてのサッカー部、 陸上部、 ワンダーフォーゲル部の卒業生の皆様とその時々に深い連帯感を共有することができたことは忘れられません。 研究面では、 薬物カルボニル化合物の還元代謝酵素を中心とした酵素化学の道を歩み、 生物薬学研究所開設により一次構造や高次構造が決定でき、 これらの酵素の新機能や病気との関連も発見でき、 創薬標的として世界的な研究競争に至ったものもありました。 この中で学生たちと研究の喜びを分有できましたこと、 そして卒業後のかれらの活躍を知ることができましたことは教師として感慨深いものでした。
私が入学した当時の三田洞校舎運動場の小さな苗木の桜は、 岐阜薬科大学の発展を象徴するかのごとく、 春の満開が美しい大きな木に成長しています。 その花は散っても、 葉は青々とみずみずしく、 見る人を充分に楽しませてくれる。 現在は岐阜大学で研究の機会を戴いていますが、 今後はかくありたいと思っています。
 最後に、 岐阜薬科大学の益々の発展と同窓会の皆様のご健勝を祈念申し上げ、 退職の御挨拶といたします。

退官御挨拶
薬剤学研究室前教授
平野 和行
 同窓会会員の皆様方には、 ご健勝にてご活躍のことと、 お慶び申し上げます。 昭和53年4月、 薬剤学講座助手として採用されて以来、 在職35年間に亘り、 岐阜薬科大学でお世話になりました。 平成3年に薬剤学講座の教授を拝命し、 22年間本研究室を主宰してまいりましたが、 本年3月31日をもちまして、 定年退官いたしました。 在任中は皆様方に、 公私ともども一方ならぬご指導とご支援を賜り、 責務を全うすることができました。 ここに改めて厚くお礼申し上げます。
 研究の出発点は、 薬品分析化学教室で大野武男教授、 河合聡助教授の両先生の教えのもとに始めた 「尿中トリプトファン代謝産物のガスクロマトグラフィー (GC) による定量法」 に関する研究でした。 臨床診断分析への応用を目指した研究でありました。 修士修了後、 東京薬科大学在任の杉浦衛教授にお世話になることになり、 人の検体を対象とする臨床診断分析法の開発、 酵素を利用する特異性の高い診断分析の開発、 人での医薬品代謝についての3つのテーマの研究に着手しました。 これが最終的に私のライフワークの研究テーマになりました。 この間、 研究を通じて東京大学医学部の諸先生をはじめ、 多くの先生と親しくさせていただき、 今日まで、 私の研究の遂行にご指導を賜ることができました。 研究は自分一人でできるものではなく、 多く方々の力添えのもとに, 成就できるものであると感謝の気持ちでいっぱいです。
 学内での活動を振り返ってみますと、 厚生薬学科長、 附属薬局長、 学生部長、 附属図書館長を歴任し、 微力ではありますが、 大学の発展に献身的に努めてきました。 その中でも、 平成18年より新しい薬剤師の養成がはじまり、 そのために、 薬学教育モデル・コアカリキュラムの作成に携わり、 中部地区の病院・薬局の協議会の組織作りに奔走した日々が思い出されます。 悲願の薬剤師養成6年生教育の生みの苦しみ、 その成長を観ることができた喜びを感じています。
 末筆になりましたが、 岐阜薬科大学の益々の発展と同窓会の皆様のご健勝をお祈り申し上げます。

退官御挨拶
微生物学研究室前教授
森 裕志
 平成25年3月をもって岐阜薬科大学を定年退職致しました。 昭和50年の奉職から薬理学教室に20年、 その後平成7年に教授を拝命して微生物学教室に移籍し18年、 合わせて38年間お世話になりました。 この間、 本当に多くの先生方や諸先輩のご指導をいただき今日を迎えることができたと感謝の念にたえません。 薬理学教室から微生物学教室に移籍した当初は、 何を研究テーマとするか頭を悩ませた時期もありましたが、 一方で希望に満ちた挑戦の時期でもありました。 40歳後半での大きな方向転換で、 新しく参加することになった学会では名前を覚えてもらうことから始めた次第です。 しかし、 転換は無駄なばかりではなく、 従来を基礎にさらに新しい発展を秘めていると感じた時期でもありました。 微生物学教室での研究テーマがある程度の形を整えるまで数年はかかったように思います。 その初期に教室に入ってきた学生、 研究が確立してきたころの学生、 定年を控えて研究をまとめる時期の学生、 その時々の学生に私がどのように接したかを改めて考え、 教育を担う大学人として十分なことができたかを自問しております。 大学教育は通常の講義も大切ですが、 研究を通じてマンツーマンで学生と接することが学生の人間形成、 成長にとって極めて重要であるように今更ながら感じております。 これらの点で岐阜薬科大学がこれまで連綿と培ってきた伝統は何かにつけて大学教育と研究の大きな支えとなっているように思います。 退職に当たり、 この場をお借りしてお世話になったことに厚くお礼を申し上げるとともに、 岐阜薬科大学のますますの発展と皆様のご健康をお祈りしてご挨拶とさせていただきます。

退官御挨拶  ―残された多くの思い出―
生薬学研究室前教授
飯沼 宗和
 子供の頃に僅かに知っていた生薬 (コウホネ、 ブクリョウ、 カッコン、 オケラ、 これが全て) と動物実験が性に合わないことが大きな理由で生薬学教室を卒業論文作成の研究室として選ばせていただきました。 以来、 42年間、 生薬学研究室に籍を置きながら大学の使命である教育、 研究と社会貢献活動に専念して参りました。 生薬学、 薬用資源学、 薬学史、 薬学概論、 薬学演習、 薬学英語、 統合医療論などの講義を担当し、 スキー山岳部、 ゴルフ部、 ワンダーフォーゲル部の顧問や県人会、 東日本人会 (時に, 信州人会) に OB として参加し、 後生畏るべしの気持ちを絶えず持ち続けながら若い学生さんと接してきました。 読み通りの結果が今日を迎え、 卒業された学生諸君が社会の第一線で輝かしく活躍している姿が凝視できる時、 教職員であったことの冥利をつくづく感じています。
 研究面では、 実験材料を入手するために東南アジア、 北アメリカ、 中南米などを訪れる機会があり, 多種多様の植物に接すると共に多くの共同研究者と巡り会うことができました。 研究室内では、 自然界に広く分布しているフラボノイドの合成研究を手掛け、 今では健康の保持増進に関与しているポリフェノールとして知られるようになったフラボノイドのライブラリー化を手掛けました。 その後、 岐阜県保健環境研究所に所長として4年間出向し、 行政視線での目を養い、 大学での新たな研究展開を試みました。 岐阜県国際バイオ研究所や本学の生物系の先生との共同研究を通じ、 東南アジアに産するオトギリソウ科植物マンゴスチン(果物の女王) 果皮や奈良東大寺に保存されている蘭奢待 (らんじゃたい) として知られている香木 (沈香)、 その葉部を用いての科学的に裏付けられたサプリメントの開発や商品化も手掛けて参りました。
 振り返れば、 不確かな自分がいて, 協力して下さる身に余る多くの共同研究者、 優秀な本学の学生諸君の後押しに恵まれた研究生活でした。 お世話になった岐阜薬科大学の先輩、 同輩そして後輩の諸姉諸兄に心より感謝を申し上げます。
 終わりに臨み、同窓会員皆様方の益々のご健勝をお祈りし、退官の挨拶とさせていただきます。

退官御挨拶
病院薬学研究室前教授
土屋 照雄
 同窓会の皆様にはご健勝にてお過ごしのことと存じます。 私は、 岐阜薬科大学ではじめての実務家教員として平成16年6月に赴任し、 9年という短い期間の勤めを終え、 この3月に退職いたしました。 平成18年度の入学生から始まる新しい薬学教育の準備と臨床教育の導入並びに充実に向けて走り続けた9年間でした。
 私は、 病院に勤務していたころから次のようなことを考えていました。 医療、 病気、 薬物治療など薬剤師に必要とされている事柄について薬大で教えなければならない。 また、 薬大は医療現場で発生する多くの問題点や薬学的疑問を研究する場にならなければならない。 さもなければ、 日進月歩の医療における薬剤師の必要性は無くなってしまうのではないか。 そして、 私が母校で働く機会を与えられたとき、 これらのことを実現することが私の望みであり、 私に課せられた使命であると考えました。
 その後、 次々に実務家教員が採用され、 学生のみならず大学院生を採ることのできる研究室として位置づけられました。 短い期間でしたが、 修士3人、 博士5人を送り出すことができました。 それらの研究内容は、 病院や薬局における医療現場での問題を扱ったものでした。 他大学には見られない、 誇れる実践薬学大講座であると自負しております。
 このように、 やりがいがあり充実した、 楽しい日々を過ごすことができましたのは、 新しい薬学教育の実現に全力で取り組まれた永井博弌前学長、 勝野眞吾学長をはじめ多くの先生方のご理解とご協力のおかげと心から感謝しております。 そして、 実務家教員としての誇りをもって一緒に努力していただいた先生方、 さらに、 素晴らしい学生諸子に感謝します。 最後になりましたが、 新しい薬学教育の実現に向けて、 新学舎の建設や設備の充実等に物心両面からご支援いただきました宇野進会長はじめ同窓会の皆様に感謝申し上げ、 岐阜薬科大学の隆盛と同窓会の発展を祈念いたします。 ありがとうございました。

退官御挨拶
保健体育学研究室前教授
西田 弘之
  同窓会会員の皆様方には、 益々ご健勝にてご活躍の事とお慶び申し上げます。 私は、 昭和49年に保健体育学研究室の助手を拝命し、 以来39年間岐阜薬科大学でお世話になりましたが、 本年3月31日をもちまして定年退官致しました。 この間、 公私ともども皆様方には、 一方ならぬご指導とご支援を賜り、 無事に勤めを果たすことができました。 ここに深く感謝申し上げます。
 振り返ってみますと、 体育実技では、 バドミントン、 テニス、 ソフトボール、 バレーボール、 バスケットボール等のほか、 サーキットトレーニングや12分走を、 冬場の種目としては、 アイススケートと乗馬を実施して参りました。 健康スポーツ実習と名前を変更してからは、 生涯スポーツの観点から、 ゴルフやボウリングの授業も導入してきました。 これらは、 いずれも講義室では味わえない素敵な体験で皆様と共にいい汗を流すことができ、 それぞれの年度で懐かしい思い出が浮かんで参ります。 皆様と楽しい時間を共有できましたことを厚く御礼申し上げます。 また、 研究面では、 本学に勤務させていただいたお蔭で、 実験動物を用いた研究が可能になり、 勤務の傍ら、 医学部の研究員として行った、 有機錫化合物の環境汚染についての研究や、 ライフワークとしての、 骨粗鬆症の運動の予防効果などのテーマについても多くの成果を報告することができました。 恵まれた環境と優秀な先生方のアドバイスをいただいた結果によるもので本当に充実した教員生活を送らせていただきました。
 最後に同窓会の皆様の永年に亘るご厚情に深謝し、 岐阜薬科大学の益々の発展と、 同窓会の皆様のご健勝とご多幸をお祈りし、 退官のご挨拶とさせて頂きます。

退官御挨拶
一般化学研究室前教授
荒井 謙次
 同窓会のみなさんにはお元気でお過ごしのことと思います。 今年三月に一般化学研究室から退き、 定年退官しました。 退官の時期が近づくにつれて心の準備ができ、 退官して一ヶ月も過ぎると、 案外戸惑いなく年金生活に移行できるものです。 「急に仕事を止めると体が鈍るよ」 との忠告を受けるかも知れませんが、 もともと完璧さを求めない、 何かしていないと気が済まない性格ではないので心配ご無用とお答えするしかありません。
 思えば、 富山医科薬科大学 (現富山大学薬学部) を経て岐阜薬科大学に二十年過ごしたことになります。 ただ、 岐薬で大学を動かす歯車の一つになれたかどうかの自信はありません。 もともと理学部出身でしたが、 専攻分野は有機化学なので、 薬学部だからといって内容ががらりと変わるわけではなく、 むしろより幅広い化学の分野を取り扱う薬学研究領域の広さを思い知らされました。 岐薬は小規模大学で小回りがきき、 いろんな面で意志決定がしやすい反面、 一歩間違えば組織や制度が革新性や自治性をなくす危険性をはらんでいることも事実です。 岐薬の卒業式・入学式での国家斉唱にはびっくりしました。
 さて、 (前期) 高齢者の仲間入りをした今、 これから自分がどう社会に関われるのかが課題といえば課題です。 気力と体力が高年齢相応になると、 責任ある言動はかえって有害無益な気がしないでもありません。 「老兵は去るのみ」 では寂し過ぎますが、 何もしないことほど苦痛なことはないのを実感します。 「歳月は人を待たず、 一日に二度目の朝はない」 のも事実ですが、 かといってどう生きればよいか難しいところです。 平均寿命を超えて今後健康に生きようとすると相当の苦痛を伴う精進が必要と考える今日この頃です。

岐阜薬科大学

HOMEに戻る

top