クラス会・同窓会・OB会 | 岐阜薬科大学同窓会

会報九重(ここのえ)

クラス会・同窓会・OB会

阜山会(専14回卒同期会)
阜山会同期会は、 平成24年10月30日、 名古屋マリオットアソシアホテルの17階日本料理 華雲にて開催した。 本年は毎年参加している東京の加藤正典君が参加できず残念でしたが、 久しぶりに関市の大橋潔君が参加してくれました。 岐薬時代の大橋君は野球部の速球派投手で、 東海・中部地区の高専の代表として藤井寺球場 (大阪) の大会に出場している。 この年の全国大会は九州地区代表の大分経専 (現 大分大学経済学部)が荒巻淳投手の活躍で優勝している。 彼は後に新設の大毎オリオンズで活躍したプロ野球でも屈指の名投手でした。 野球以外でも当時朝日新聞主催の全国大学高専朝日討論会で東海地区代表として出場している。 岐薬の代表選手は小瀬洋喜氏 (専13回)、 西脇澄氏 (専13回) と我々の同期の松尾孝和 (専14回) らが全国大会に出場している。
その他、 岐薬は理科系にもかかわらず、 文化活動も活発で、 岐阜高農 (現 岐阜大学農学部)、 岐阜工専 (現 岐阜大学工学部)、 岐阜女子医専 (現 岐阜大学医学部) のトップとして活躍していた。 夏季にはドイツ語の三箇清教授、 伊藤勉教授を講師としてドイツ語講習会を開催したり、 また岐阜市公会堂で演劇、 軽音楽会等を開催したり、 また文化誌 (鳳川)、 岐薬新聞を発刊したりした。 また、 昭和22年には初めて女子学生10人が入学した年でもあった。 とにかく角帽をかぶった岐薬の学生は夜の繁華街柳ケ瀬では大変人気のある古き良き時代でした。 来年は堀、 戸本両君のお世話で岐阜市で開催することを約束し散会した。

[世話役 亀山、 苅谷、 岩田]

 

専門17特1のクラス会
創立80周年記念行事に合わせて出席する同窓生の中の専17特1の連絡が取れた有志が岐阜駅前43階ビル屋上展望レストランにて会食をしました。
この先何年生きれるか、 わかりませんが、 懐かしく楽しい思い出となりました。

[専17特1 篠田文彦]

大学2回 同期会
本同期会は“毎年11月に名古屋に集まろう”をスローガンに毎年開催しています。 今回は名古屋在住女性幹事が中心になりH24年11月11日 (日) 恒例の場所、 名駅西、 名鉄ニューグランドホテル6階にて開催しました。
吾々は卒後58年を数え80歳代に入り、 後期高齢者世代になりました。 其れ故か欠席者の理由も所用都合悪は一部にて、 大半は病中、 又は静養中や病後歩行不調等とあって特徴を物語っています。 物故者も47名を数えるに至り加齢の現状が厳しく現れてきました。 83名に 通知、 立松幹事長を先頭に今回も女性軍幹事の大活躍により例年より4~5名増の24名の出席を得ました。 遠く関東、 関西地区からの顔も多く、 久振りの再会に会話が弾んでいました。
記念写真撮影後、 正午より松本鍈一君の司会により、 この一年間に鬼籍した時枝宏行君、 立花章君、 塩谷良一君、 子安貞男君、 志智忠君5氏を含めた学友物故者のご冥福を祈り、 先ず黙祷を捧げました。
懇親会は、 立松艶子幹事長の歓迎の挨拶に始まり、 常連の山本幸弘君 (大阪幹事) の乾杯音頭で宴が始まり、 酒宴半ばよりは各地区代表幹事の近況報告もあって、 所々の興味ある話題に領き、 60年昔の青年時代の面影を其々が想い重ね、 古き好き 時代と仲間達の連想を愉しみ、 懐かしんでいました。
14年ぶりと言う田代君を始め、 何年かぶりの野々部君、 森君、 林 (周) 君等珍しい顔 ぶれに話題も飛び交い、 杯を重ねにつれ童心、 青春、 老年の時代と人歌がゴッチャになり、 カラオケは大繁盛でした。 善き時代を懐古し、 嬉々と酔いが回り、 やがて例年通り刀根君の出番が来て、 校歌と逍遥歌を声高らかに歌い納め、 大盛況下和やかなに終宴を迎えました。 佐竹君 (東京幹事) により、 善き時空を得た悦びと仲間の健康、 来秋の再会を約して締めて頂きました。 斯くして互いの健勝を労わり励まし合い、 会を閉じ落日早い秋の午后、 解散しました。
来年18回は岐阜在住者が当番、 郷昇幹事長を中心にH25年11月10日 (日) 同所、 同時間に開催と決めました。 同期生諸君、 若さを取り戻しに、 更なるご参加を切望します。

[文責:立松、 小林、 吉田]

 

大学第3回卒 同期会傘寿記念大会
昨年、 平成23年11月13日に開催しました恒例の大3回卒第11回同期会 (平成17年より隔年毎に開催) 東京大会に於いて関東在住の諸君から、 母校創立80周年記念行事に同期生各位が参加すると共に、 昭和7年母校創立の年に誕生した我々の八十歳傘寿を記念して第12回同期会を引続き次年度に岐阜で催して欲しいとの提案があり、 昨年、 平成24年9月22日、 母校の80周年記念式典に併せて岐薬大第3回卒傘寿記念大会 (第12回同期会) を開催致した次第です。
母校記念祝賀会終了後直ちに、 傘寿記念同期会を同岐阜都ホテル 青葉の間にて開催。 出席者は23名 (内、 母校祝賀会参加者11名、 式典参加者15名) で、 例年に比べ久々の参加者が多く、 卒業以来初めて出席された方もあり母校への関心も高く賑やかでした。 傘寿記念大会は田中昭郎君の司会で、 今尾良三君の開会の辞、 前回以降に他界された兼松顕君、 谷口岩男君、 清水淳君及び過去の物故者への黙祷 (この同期会後、 急逝された河合健君を併せ物故者は50人 「厚生20、 製造30」 となる) に続き、 厚生代表 野田富子さん、 製造代表 野河信太郎君夫々より母校を卒業してから現在に至る有益な挨拶を拝聴後、 近藤浩康君の発声で我々の80歳・傘寿を祝う乾杯を行い、 懇親会を開始。 全員で学生時代の想い出や近況等々を語り合いましたが、 岐阜薬大で薬学を学んだ九重時代の種々の思い出が一番印象的のようでした。 元気そうでも持病のある方が多い中、 友人との再会を喜び合い、 傘寿と母校の創立80周年を祝いつつ和気藹々と楽しむ皆さんの様子から、 同期会は我々に若さと活力を与えること等その重要性を改めて実感致しました。
宴たけなわの内、 井上浩君の指揮で校歌斉唱。 午後9時過、 津坂幸三郎君の 「互いの更なる長寿と吾が母校岐阜薬大の益々の隆盛発展を祈念します」 との閉会の辞を以ってお開きとしました。
この度は大会幹事諸君並びに同期の皆さんの御支援、 御協力により盛会裡に終えることができ誠に有難うございました。 次回の同期会開催につきましては、 今後の課題に致したいと存じます。

[文責:鵜飼]

 

第四回金華の会 (大学5回卒)
2012年9月23~24日。 今年は大学創立80周年記念祝賀会の翌日に一泊で行った。 22日 (土) の式典と祝賀会には13名が出席10名が岐阜都ホテルに宿泊した。 23日、 目が覚めると予定外の雨に驚いたが昨日までのきびしい残暑が嘘のようでほっとした。 迎えのバスに乗りJR岐阜駅にて10名を迎え総勢20名 (男8女12) の 「金華の会」 がスタート、 郡上八幡へ。 雨も上がって昼食後観光案内人による一時間半の城下町散策。 そのあと郡上八幡城へ。 かなり疲れた人もあったようだが再びバスにて関観光ホテルへ。 いつもは二泊する金華の会も今年は一泊のうえに鵜飼乗船を控えているので夕食時の近況報告はほんの一言の慌ただしいものになってしまった。 いつものお顔が見られない寂しさがある一方で卒業後初めての方が、 今が一番幸せな気がすると言われる嬉しい場面’もあった。 7時乗船。 漆黒の川面を鵜篝が照らす 「小瀬の鵜飼」 はあっという間の幻想のようだったが鵜匠の話や終わりの作業など興味深いものがあった。 宿に戻っての二次会では皆さんがとても元気だったので安心した。来年の幹事は関西に決まった。
翌24日は思い出の九重町へ。 バスの中では短時間ながら勝山さんのアコーデオン伴奏 (録音) で数曲を合唱した。 岐阜薬大跡の梅林中学では校長先生が出迎えてくださった。 「校舎は変わりましたが古い樹があると思います」 と言われて、 この樹を覚えていると言った人があった。 56年ぶりである。 授業中だったが来訪を知らされていた生徒はこちらが手を振ったり会釈をすると同じように応えてくれた。 岐阜薬大跡の碑、 野口英世の像、 郁文堂にも寄ってなつかしいグランドを後にした。 11時岐阜駅にて12名の方とお別れした。 残る女子8名は岐阜城へ。 快晴の素晴らしい展望!九重町、 三田洞、 黒野の新学舎を指しながら、 来し80年が明日へと続く流れの中に私達もいるのだという感慨に浸った。 遅い人でも間もなく78歳。 今年会えなかった人にも来年は会えますようにと祈った。 三時岐阜駅にてレトロな旅を終えた。

[幹事 中原、 東浦、 山村 (東浦記)]

 

第五回金華の会 (第5回卒)
今年の金華の会は、 4月14~16日の連泊で白浜の 「ホテル川久」 で行いました。
久し振りに参加した方も併せて21名。 毎度の事ですが逢えばたちまち気分は学生時代にタイムスリップ。 懐かしい友との会話は途切れることも無く続きました。 お互いが高齢者である事を自覚して、 この会は今年限りとする案にも気遣いつつ 「矢張り来年も会えたらいいね」 との願いを尊重して、 次回の幹事も決めました。
翌朝はジャンボタクシーで平草原スカイラインをドライブ。 途中下車で強風が白波を立ち上げる三段壁では、 太平洋の空気を存分に吸い込み、 続いて有名な千畳敷に立ちより、 車窓からは白い砂が広がる白良浜を眺め、 荒波で浸蝕された円月島の丸い窓を眺めてアドベンチャーワールドに着きました。
楽しみにしていたパンダ舎では、 去年8月に生まれたメスの 「優浜」 とお母さんパンだの 「良浜」 が愛らしく遊んでいるのに出会いました。 園内ではケニア号に乗り、 サファリーツアーです。 窓の外では自由に遊んでいる動物たちを車内から眺める仕組みですが、 動物にしてみれば、 狭い車の中にいる人間を垣間見ている姿かな?と思いました。
大観覧車に乗って高いところからパーク全体を眺めたが、 子供の頃にどこかで体験した眺めを思い出しながら、 緑が多く特に新緑はとても気持ちよく目に入りました。 見る場所が多くて忙しい限りですが、 イルカショーも見に行きました。 よく訓練されたイルカがとても素晴らしいショーを見せてくれました。
この日の一日は、 日頃のストレスを忘れて童心に帰り、 楽しい時間を過ごしました。 二泊三日の楽しい時間も無事過ごし、 「来年も元気でお会いしたいね」 とお互いの健康を祈りつつ散会いたしました。

[馬嶋淑子 記]

 

大学9回卒 同期会
これまで中部地区中心で開催していましたが、 会員も関東地区約30人、 中部地区約50人、 西日本地区約30人なので関東地区担当で開催することになりました。
平成24年10月28日 (日) 16:00 掛川 ヤマハリゾートつま恋に集合、 女性17名、 男性25名の42名が集まりました。 当日朝から激しい雨で計画ではチャペル前で記念写真を撮る予定でしたが写真室に変更しました。 日本一!でシャッターを切った写真です。
16:00よりパーティーは島村陽市君の司会で始まり、 最初は18名の物故者へ黙祷を捧げました。
幹事代表の北尾進君の挨拶、 松本宏道君の乾杯の音頭、 花井一彦君から最新の2013年大学案内も使っての本学の動きの説明がありました。 歓談に入りフリーのスピーチでは次回開催予定の大 阪の大洞公君の計画等の話、 西野英夫君の一本締めの後北尾君のハーモニカ伴奏で学歌、 ふるさとを合唱し、 田口隆久君の閉会の辞の後場所を変え二次会に移りました。 カラオケ自慢の歌声で会場は盛り上がりました。
10月29日 (月) 10:00~12:00 前日とは打って変わって早朝から雲一つない秋晴れで富士山もくっきり真っ白の姿を現わしていました。 広大な施設で専属の若い女性のインストラクターと一緒に4つのグループに分かれて対抗ゲームを楽しみ、 全員で昼食をとった後次回再会を楽しみに解散しました。

[由水 晋 記]

 

大学10回卒同期会 「十薬会」 だより
 卒後50年を迎えた我々同期会は2012年10月21日~22日秋色爽やかな岐阜県高山市のグリーンホテル高山にて42名の出席者のもと盛大に開催されました。 卒後50周年という長い年月が通りすぎた記念すべき会でしたが、 出席者全員元気なシニアでこれからの高齢化社会に歩み進んでいく様子が溢れ出ていました。 懇親会の宴は、 わざわざ沖縄から参加した具志堅博一さんの乾杯ではじまり、 高山在住で今回の十薬会の開催にあたり大変お骨折りを頂いた上田昮さんの飛騨高山の在住者ならではの興味深い飛の歴史に聴き入り、 グラスを傾けながらの会食と楽しい談笑が続き、 久しぶりに再会した喜びとお互いの元気を確かめ明日への英気を養う楽しいひと時を過ごしました。 締めは埼玉から出席した梅村孝雄さんの発声でお開きとなり一次会は終わりました。 引き続きホテルのカラオケルームに場所を移して二次会が始まり、 カラオケ自慢の歌声で会場は盛り上がり、 アルコールやソフトドリンクを飲みながら夜の更ける迄旧交を温めました。 翌日は快晴の秋晴れのもと、 名門高山カントリークラブにて12名がゴルフを楽しみ、 観光組26名は高山、 古川の古い町並みをボランティアガイドの案内で散策し全員がそれぞれの思い出を残し次回の再会を約して帰路につきました。 次回の開催は2014年4月6日岐阜グランドホテルにて開催を予定しております。 ぜひ多数の同窓生の参加を切望します。

[野口武彦 記]

 

志満留会 (大学13回卒)
「静岡の集い」 旅日記

毎年開催される志満会は昨年の江戸に次いで今年は10月7、 8日に駿府で開催されました。
静岡駅に集合し、 家康の足跡をたどるためバスで最初に家康が晩年隠居していた駿府城公園に向かい巽門の前で最初の記念撮影を撮り、 次に日本平への景観の良いドライブウェイを走り家康を祀った国宝の久能山東照宮に向かった。 早くもバスの中では宴会が始まり盛り上がっていました。
日本平よりロープウエイで眼下に切りたった絶壁を望みながら、 久能山東照宮に着き、 ガイドさんの説明で極彩色の社殿に感銘を受けながら東照宮を後にしました。 今晩の宿泊先のホテルアンビア松風閣に着き、 絶景を目の前に温泉を楽しみ、 旅のメインイヴェントの宴会では、 小島さんの乾杯の音頭ではじまり、 お酒、 食事、 カラオケで大いに盛り上がり、 二次会にも多数参加があり、 更に盛り上がりました。
翌朝は快晴になり、 露天ぶろより真下に広がる駿河湾の海原からの日の出を拝み、 美しい富士山を一望することができ感激して宿を離れました。 今回最後の行程である大井川鉄道で昔懐かしいSL列車で南アルプスの懐の千頭まで情緒たっぷりの旅を楽しみ、 名残惜しく解散となりました。
来年は下呂温泉、犬山の旅が予定されており、 また元気で再会出来ることを楽しみにしています。

[大家健一 記 2012年12月1日]

 

大学15回卒業生集う会
(「だいいちご会」 と命名)
 同窓会に出席し、 知人・友人に会うのは楽しい。 同期会は更にもっと楽しい。 鎧も兜も柵も取っ払って、 友に会いに集まる。 多少鼻っ柱の高い、 すまし顔の輩も、 短い言葉の交差に学生時代の親交の有無に関わらず心が通う。
卒業45年目に当たる平成24年、 岐阜薬大は創立80周年に当たり、 その記念式典の翌日9月23日 (日) ホテルグランヴェール岐山で昼食を囲みつつ旧交を温めた。 北は北海道札幌から高橋保志君が、 南は島根県出雲市から川上好之君が出席してくれて総勢45名。 2年弱前の同期会に出席し顔見知りになった面々や卒業後初対面の人もいる。 言葉を交わす内に鮮やかに面影が甦り、 思い出が彷彿する。 長江敏男君の講演 「人生双六20年」 も中妻久子さんのシャンソンもご愛嬌。 今を生き、 精進を重ねてきた軌跡を言葉や歌で表現し、 私達を学ばせ、 和ませ、 楽しませてくれた。 長江君の 「チャンスを物にする」 は、 皆の胸にどのように響いただろうか。 中妻さんの甘い歌声にも心酔した。 今後の同期会でもいろんな人に登場いただき、 人生謳歌を聞かせて欲しいと願うのは私だけではないだろう。
宴は、 瞬く間にフィナーレを迎え、 会の愛称を 「だいいちご会」 と皆の総意で決まった。
閉会の挨拶に立った幹事の紀藤君は、 代表幹事の丸井君に慰労の言葉をかけ万雷の暖かい拍手を受けた。 扉の前に整列した幹事の村瀬君・鈴木君・名和 (旧姓長屋) さん・竹中 (旧姓野口) さんらは別れを惜しみつつ、 会場を離れるひとりひとりに固い握手をし、 言葉を掛けていた。 「次は3年後に会いましょう」 と。

[文責 幹事 福本武司]

 

第24回卒業生同窓会
―みんなでアラカンを祝う会―

平成24年9月22日 (土) 名古屋 名鉄グランドホテルで恩師 生薬学研究室の飯沼宗和先生の出席を頂き51名の同窓生が、 顔を合わせました。 卒業して36年、 還暦前後でもあり、 アラウンド還暦を捩って―みんなでアラカンを祝う会―としました。
今回、 同窓会発起人協力の下、 加納君、 廣内君が趣向を凝らし、 会場には当時流行った曲が BGM として流れ、 スクリーンには我々若き頃のクラブ活動や、 研究室の集合写真が映し出され暫し、 皆が懐かしさに浸っていました。
スライドを使って飯沼先生に大学の近況報告をお願いし、 増田君には彼が現在勤務する PMDA と岐阜薬科大学との連携の近況報告、 中田君・山本君からは当時とすっかり変わった現在の柳ケ瀬、 三田洞周辺の報告、 またこの日は岐阜薬大80周年記念行事があり、 当該行事に参加した同窓生からの現状報告もありました。
その後は円卓を囲んで、 食事しながらの歓談となりましたが、 話が弾んでなかなか食事ができなかったようでした。 暫く歓談した後で、 ひとり一人が壇上に上がり約1分スピーチを行い、 当時と然程変わっていない人や、 自己紹介するまで全く誰か分からない同窓生もいて、 それも当時を振り返りながらの懐かしさでありました。
最後は記念撮影と学歌斉唱で締め、 15時から17時30分の2時間30分がアッという間に過ぎました。
2次会は同ホテル18階のスカイラウンジに飯沼先生と50名が場所を移し、 多くがラストの22時過ぎまで、 名残を惜しむように笑い等があちらこちらで聞こえていました。
次回 (第5回) は2016年10月9日 (日) 大阪、 次々回は2020年秋を予定しています。 今回都合が悪く出席出来なかった方は、 次回お会いできることを楽しみにしていますし、 次も盛りだくさんの企画をいたしますので、 万障お繰り合わせの上ご参加頂けますようお願いいたします。

[学年幹事 高井 満 記]

 

第25回岐薬芍薬会の集い (報告)
岐薬芍薬会平成25年度総会は、 5月12日43名の参加を得て和歌山県の霊場高野山で開催されました。 宿坊桜池院 (ようちいん) のご厚意により、 宿坊としては初の試みである全席椅子の会場をご用意いただきました。 少々正座がきつくなってきた会員も楽にすごせました。 総会の後、 まずは精進料理の合理性に感心しながら堪能しました。 続いてガイドの案内を得て壇上伽藍と金剛峯寺を見学しました。 約1200年の歴史のある世界遺産を散策しながら談笑の楽しいひと時を過ごしました。 緑したたる晴天の下、 さわやかな空気をたくさん吸って心身共にリフレッシュし、 「ごまどうふ」 のおみやげを手にして下山しました。

[森山静代 (大16) 記]]

 

卒業35周年記念同窓会
―大学26回卒業生―

1978年に岐阜薬科大学を卒業し、 35年が過ぎました。 5年前の同窓会の折の約束にしたがい、 本年7月27日 (土)、 名古屋で卒業35周年の同窓会を開催しました。 34名の同級生が集まり、 全員が一言ずつ近況を報告し、 学生時代に戻って楽しいひと時を過ごしました。 また、 私たちの入学と同時期に大学に奉職され、 本年3月に退職されました西田先生においでいただきました。 西田先生は大学の状況を含めて近況を紹介してくださいました。 西田先生の講義は全員が受けており、 皆親しくお話をさせていただくことができました。 二次会の後に2年後の再会を約束して散会しましたが、 2年後は多くの同級生が還暦を迎える節目の年です。 多くの同級生にお集まりいただき、 にぎやかな同窓会にしたいと思います。 今から予定に入れておいていただきますようお願いいたします。

[松尾一典]

 

大30回卒業生同窓会を企画して
大学を卒業し、 もうすでに30年が経った。 30年という節目で同窓会の企画を考えたが、 折しもこの年は清流国体が岐阜で開催され、 ホテルはすべて満杯。 同窓会を開催するかどうか悩んだが、 昨年3月に同窓生の訃報が入り、 取りも直さず開催を決定した。 場所は、 マーチングリル プーという洋風レストランを貸し切った。 満席で50席。
開催は9月15日 (土曜日) 午後1時より。 気温は30℃を超し残暑が残る日であった。 参加者は汗ダクダク。 受付では、 参加者を卒業写真で確認していたが、 全く参考にできない。 参加者に自分の写真を示してもらったところ、 受付で歓声が上った。 なんと受付では写真と本人と見比べているではないか。
同窓会が始まり15分間の沈黙、 30年という重みを感じたが、 その後は30年前にタイムスリップ。 同窓生の名前と現在の顔が一致し、 和やかに会は進んだ。 会場は、 一度、 席に付いたら動けない、 飲み物を頼むにも同窓生を介さなくてはいけなかった。 もう、 無礼講状態だ。 幹事の進行は不要となった。 自己紹介は、 学籍番号順で行い、 時間内では終わらず、 二次会まで続いた。 50歳代はよくしゃべることを念頭に置かなければいない。 幹事になる方は、 時間の調整が重要だ。
恩師は、 永井元学長を招待。 さすが永井元学長、 次回の同窓会の幹事を決めておけとアドバイス。 これにより次回の開催が決定となった。 3年後は関西だ。 不参加者はチェック、 幹事は鈴木夫妻だ。
一次会の出席者は51名、 二次会はカラオケ BOX においてマイクによる自己紹介は続いた。 参加者は38名。 三次会はバー Voyage、 28名の参加、 四次会は素材屋で12名。 23時ごろお開きとなった。 卒業30年経ってもパワー溢れる同窓生の面々だった。

[回想 後藤千寿]

 

大36回同窓会
2013年2月10日、 岐阜市の十八楼において、 大36回の同窓会を行いました。 卒業後約25年、 同窓会としては15年ぶり3回目の会でしたが、 50名の仲間が集まり、 旧交を深め、 楽しく温かい時間をすごしました。
集まって下さったみなさま、そしてメッセージを下さったみなさま、 ありがとうございました。
次回は2016年9月18日 (日) 東京で開催する予定です。 みんなで会えることを楽しみにしております。

 

「平成25年7月13~14日
大学38回卒業生の 同窓会@岐阜」 のご報告

遡ること1年余り、 Facebook 上での再会をきっかけに、 東京や名古屋などでプチ同窓会が何度か開催されるようになりました。
そして…今回の岐阜での同窓会に先駆けて、 この春、 三浦剛君が東京薬科大学教授に就任、 三浦剛君教授就任祝賀会 (場所:東京ステーションホテル、幹事:角岡令子さん)での出来事…
「そろそろ同窓会を開こう。 岐阜に一泊して鵜飼見物。 お世話になった先生にもお会いしたい。 なつかしい三田洞や新学舎も訪ねよう!」
と今回の同窓会の運びとなりました。
7月13日の同窓会には、 仕事や子育ての間を縫って49名もの同級生が参加。 中にはフィリピン、 四国、 東北など遠方から参加してくれた人も。
一般化学の鈴木巳喜男先生、 体育の西田弘之先生、 英語の日野紹運先生、 学生部の森倭子さんにも御出席頂きました。 ホテルパークで懐かしい顔と談笑、 この時に大山雅義君が母校生薬学の教授に内定したとの報告があり、 皆でお祝いをし、 その後鵜飼見物。 学生時代を岐阜で過ごしたとはいえ、 ほとんどが初体験で、 優雅な鵜飼に感激しました。
翌日は大山君の案内で新学舎を見学させていただきました。 綺麗な新しい施設を拝見できました。 その後、 当初の予定には無かったコース、 畜産センター、 薬草園経由で三田洞キャンパスにもバスの運転手さんの計らいで訪問することができました。
同窓会2日目最後は学生時代によくコンパで利用した 「馬喰一代」 での昼食後解散。 皆、 2日間学生時代にタイムスリップしたような本当に楽しい時間を過ごすことができました。
幹事を務めて下さった小川克己君、 西村 (旧姓和田) 敦子さんに感謝申し上げます。
大学38回卒業生のみなさん、 是非 Facebook に登録していただき今後も同級生同士の交流の場として楽しんで頂けると幸いです。 お待ちしています。

 

サッカー部熟年 OB 会
平成25年6月2日 (日)、 グランヴェール岐山 (岐阜市柳ケ瀬通) におきまして、 熟年の OB 23名が集まり、 大学時代に思いを馳せました。 現主将の亀谷君、 主務の和氣君にも参加していただきました。 昨年の大学創立80周年の記念祝賀会の折に 「芝のグラウンドでサッカーを」 とのお話があり、 しかし、 「やはり試合は大変」 とのことからお酒の会となりましたが、 小森先輩のご尽力により実現いたしました。 前顧問の正木先生、 今春退官された原先生も出席されました。 今回は大学27回卒業生までの“熟年”の会となりました。 サッカーゴールなしで部活を続けてきた時期があり、 初めてサッカーゴールができてうれしかったこと、 神谷先輩の時代に関薬で初めて優勝した時のこと、 18得点で吉田先輩が東海リーグ得点王になられたことなど、 学生時代に戻り、 楽しく過ごしました。
出席者は以下の通り (敬称略):佐藤之彦 (大9)、 笠原正義、 溝端省吾 (大11)、 加藤紘二、 正木幸雄、 宮本佳胤 (大12)、 北山佑二 (大14)、 小森武勇、 河野茂勝 (大15)、 佐伯 昌 (大16)、 石倉明弘、 船坂鐐三 (大17)、 原 明、 吉田 稔 (大18)、 影平俊介、 長谷川和正 (大19)、 神谷鉱二 (大20)、 上森仁志、 園井伸輔 (大21)、 神山茂樹 (大24)、 新川信夫 (大25)、 稲垣直樹 (大26)、 吉重康朗 (大27)、 亀谷将之、 和氣 宗 (3 回生)
二次会の後、 またの再会を約して散会しました。 次回はより多くの OB の皆さんにお集まりいただけるようにと思っております。 また、 会費よりサッカー部へ多額のご支援を頂戴しました。 厚くお礼申し上げます。

[文責 稲垣直樹、 サッカー部顧問]

 

平成25年度 鳳栄会 (卓球部 OB 会)
本年 (平成25年) 6月23日、 毎年恒例となっております鳳栄会を三田洞学舎にて開催いたしました。 本年も新入部員12名を迎え、 現役学生の総数が80名とかなりの大人数となっております。 今回出席されました OB の方々は、 今尾良三様 (大3回)、 松岡和子様 (大10回)、 横倉典子様 (大12回)、 加藤 誓様 (大14回)、 丸井 肇様 (大15回)、 花井澄子様 (大16回)、 坂 正典様 (大17回)、 宇野 勇様 (大19回)、 今井英治様 (大21回)、 天野博司様 (大28回)、 長山智幸様 (大53回)、 小暮洋子様 (大55回)、 矢野裕子様 (大55回)、 原 佳宏様 (大56回)、 木村純子様 (大57回)、 山根有未様 (大60回)、 三宅裕介様 (大61回) の17名の方々でした。 湧水園が閉店したため、 学食にて昼食会を行い、 関薬、 全薬に向けての学生の意気込みを聞くとともに、 OB の方々より激励のお言葉を戴きました。
昼食後、 場所を体育館 (鳳川会館) に移し、 恒例であります現役学生との混合ダブルスを行いました。 OBの方々も、 現役学生に負けない気合いで試合をし、 大いに盛り上がりました。 本年度の優勝は、 丸井肇さんと鈴木さん (2回生) とのペアーでした。
来年度も6月の中下旬の日曜日に鳳栄会を行いますので、 今回参加できなかった OB の方々も、 同級の方々あるいは近い学年の方々をお誘いになり、 是非ともご参加いただければと思います。

[文責 今井英治、 近藤伸一]

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