クラス会・同窓会・OB会 | 岐阜薬科大学同窓会

会報九重(ここのえ)

クラス会・同窓会・OB会

 

鳳 酉 会 (専12回)
昭和20年の卒業で、 米寿 (88才) を迎えました。 嶋野先生が名付け親の鳳酉会は、 発足当は非常に盛会で、 全国持ちまわりで幹事を務め、 日本中の各地で、 クラス会を開催し、 名所旧跡も見学させていただきました。 その後、 年をとるに従って、 身体の調子が悪いとか、 腰が痛いとかで、 出向いて会うことが殆どなくなり、 音信も途絶えがちで、 鳳酉会も姿を消してしまいました。 その後、 有志のものが集まって、 岐薬12回遊士の会を作り、 平成16年4月17日に、 長島温泉・ホテル花水木で、 顔を合わせたのが最後になってしまいました。
それでも、 ユニーグループの創始者として、 今なお元気に頑張っている西川俊男君や、 いろいろな情報を流してくれる親友の桑原光雄君の好意に接しながら、 なかなか応じきれなくて、 「もっと頑張らないといかんな」 と思う今日この頃です。
無病息災とまではいかなくても、 一病でも二病でも息災であってほしいと、 祈っています。

[平成24年7年22日記 宇佐美久良]

 

阜山会(専14回卒同期会)
北海道、 九州、 四国、 中国、 関東、 関西、 能登地区同級生のみなさんお変わりございませんか。 昭和23年3月1日岐薬卆業。 あれから60余年の才月がすぎさりました。 もう時効となりましたが、 学校祭、 大運動会では研究室で、 サッカリン、 ズルチン、 アミノ酸醤油、 特製ウイスキー、 ポマード、 クリーム、 化粧水をつくり。 ダンスホール、 キャバレー、 アルサロ、 トリスバー、 カストリ酒場、 夜の柳ヶ瀬小路は、 肩と肩とがふれあう賑やかさでした。“岐薬健児が柳ヶ瀬通りゃ”よき時代でした。 平成23年10月1日。 第55回信長まつりで賑う。 JR 岐阜駅 となり16プラザで定期同窓会、 開催。 堀 幹夫会長より、 のこされた人生如何に生きるか。 今は亡き同級生の冥福を祈り黙祷。 東京、 加藤正典君の音頭で乾杯。 フランス料理に舌づつみをうち乍ら (東京ホテルオークラと比べてはいけません) 岐薬創立60周年記念、 コーラス部製作“岐薬愛唱歌集”CD をきき乍ら、 九重町青春時代を思ひうかべました。 恒例のスピーチ。 全員白髪の好々翁となりましたが気持は若く、 いつまでも現役のつもりで、 おだやかに明るくくらしてゆこう、 と語りあひました。 長いようで短いのが一生。 いつ死んでもよし。 いつまで生きてもよし、 生かされるままに楽しくまゐります。 来年は名古屋で、 亀山、 苅谷、 岩田君のお世話で再会を約して散会しました。
九重町から三田洞へ、 そして、 岐大西へと三代にわたり生きてきました。 私のちかくの美江寺公園 (岐阜市役所あと) には、 岐薬創立、 岐阜市長、 松尾国松翁の銅像があり、 岐薬へ入学できてしあわせだった、 と語りあっています。

[平成23年11月 戸本昭夫 記]

 

田二四会 (たにし会・専15回卒同期会)
戦後初めての岐阜薬学専門学校の入学式は昭和21年5月15日でした。 昭和5年の早生まれから大正後期生まれで軍籍に在ったものも含めて、 どちらかといえばバラエティに富んだ新入生の戦後初めての入学式でした。 この入学式の5月15日を毎年の同期会の日と定め、 昭和62年5月15日田二四会の第1回の同窓会を岐阜の鵜匠の旅館 「すぎ山」 で開催しました。 この時の出席者は38名。
今年の出席は11名でした。
平成24年5月15日の田二四会は日本三名泉の一つ下呂・水明館で集いました。 参考までにこの下呂の温泉分析は私たちの同級生 柴山 (旧姓 山之口) 君が岐阜県衛生研究所に勤務していた頃に行われており、 小生が下呂保健所勤務時代に現在の温泉源集中管理のための泉源相互の干渉調査を行い、 泉源台帳を作成し国の中央温泉研究所の指導の下に50本近い泉源から16本を選び平均温度を50度前後に調整した温泉の湯が下呂の町を回りまわって旅館やら温泉病院に配水供給されている状態になって現在に至っています。
出席者は東京方面からの2名、 関西方面からの4名、 名古屋・岐阜方面からがそれぞれ3名で、 全体で12名の構成でした。
一期一会の気持ちをこめて花のこころ 飛騨の季節をおとどけします とのご挨拶とともに皐月の献立を美味しく頂きながら話に花が咲きました。
出席者は皆さん元気。 これいつもながらの感想。 でも少々の不具合は今回の出席者の面々にも年相応にあります。 となると今日来られなかった人を含めて皆さん大体一緒。 今年になってブラジルやハワイへ行ってきたという浅井君、 千手観音像を趣味として彫刻してきたという若井君。 素人離れしたその作品の写真を見て思わず手を合わせて感心しました。 田二四会の事務をほとんど一人でがんばっていただきました澤田君に敬意を表して筆を閉じます。
来年は京都で小山君にお世話になりましょうという話で翌朝の食事を終わりました。 定命を大切に、 感謝して。

[文責 平光]

 

大学2回 同期会
第16回目を迎えた我々同期会は秋色爽やかなH23年11月6日名駅太閤口前名鉄ニュ-グランドホテルに20名出席して開催しました。
思えば昭和46年3月、 当時の嶋野学長、 高取教授の両先生をお招きして第1回の同期会が発足しました。 それから40年、 凄い年月が通り過ぎました。 私共は揃って八十路に在り、 既に多くの学友が鬼籍入りしている、 勿論両先生も故人となられております。 でも参集した学友は頭髪の有無色に関係なく、 目は輝き、 上を向いて、 前に歩み進んでいる連中でありました。
今会は松本鍈一君の司会で先ず、 近々死去を知らされた加藤孝三君を始めとする物故者仲間達への黙祷から始まり、 次いで代表幹事浅野貞男君の歓迎挨拶では、 真面目な人柄の常と一味異なり、 訥々と語る一言一語に、 長い人生の重みを感じ、 胸にしみいる想いがしました。
懇親の宴は6年ぶりに参加した大野忠吉君の乾杯で始まり、 松本君の趣を得た流暢な司会で時が流れ、 愉快な時空に包まれました。 今回幹事が工夫した事に、 高齢者の集いは卓毎で話題か身辺の病自慢に片寄ることがある、 そうした雰囲気を一層陽気にとカラオケを導入した事です。 この試みは大成功、 今は聞かない二昔前の歌から新曲の世界に大盛況、 意気盛んな青春を蘇えらせました。 例年同様、 外形を忘れ脳味噌の総てが一時的に岐薬発祥地九重町の地に帰っていました。 振り返ると60年の経過は重く、 『体調不調に付き欠席、 次回は必ず出席します』 と返信した時枝君は残念数日後11月20日に黄泉の世界に飛んでしまった。 42人を失った事になる。 他に病中の者、 予後のリハビリ中、 或は静養中の者とか、 我々は今日無事でも明日は保証出来ない域に突入しました。 元気な今が大切である、 その為【毎年此の地、 この場所で催し元気な者は集まろう】こんな話が決まり、 それで名古屋・岐阜在住者で幹事を頼む。 斯様な総意で目出度く散会となりました。 それぞれ肩を抱き手と手を取り合い、 再会を約し。
次回はH24年11月11日 (日) には多くの皆様方のご参加を切望します。

[文責:浅野、 小林、 吉田]

 

大3同期会
平成23年11月13 (日) ~14日、 東京新橋の第一ホテルアネックスにおいて全国会が盛大に開催された。
東京での開催は初めてで、 前回の開催地 (愛知県犬山市) の流れで東京開催が決まりました。 出席の皆さんは、 遠方から参加していただき、 お互いの無事を確認し喜び合えることができました。
近況報告では、 どうしても話題が健康のことになり、 加齢による変化の対応が難しいようである。 仕方のない永遠の大きな問題でしょう。 大隈重信の 『人の寿命は 125 歳』 が紹介されたが、 とても自信がないので取りあえず 『100 歳を目標にがんばろう!』 と全員が力のない返事でした。 翌14日は、 有志による都内観光で無事に会を終了することができた。
平成24年は、 『岐薬80周年』 の祝賀と我々八十歳の (傘寿) が重なる記念すべき年なので、 岐阜で最後の全国会を開催することが決まった。 それまではなにがなんでも無事であることを願うばかりである。

[甲斐 記]

 

岐阜薬科大学 第6回卒業生同窓会 (岐薬33会同窓会)
2011年11月13日 (日曜) ~11月14日 (月曜) に東京都江東区有明の東京ベイコート倶楽部ホテル&スパリゾートで卒業後53年目の同窓会が開催されました。
穏やかな天気に恵まれた初日、 参加した35名は同室の仲間とお喋りをしたり、 26階の展望風呂から眼下の東京湾の景色を楽しんだりして、 ゆったりと時間を過ごしました。 宴会開始の少し前に地下1階のグランドホール前に集合し、 懐かしそう握手をしたり、 近況を交えた挨拶を交わしたりした後、 少し澄まし顔で記念写真に納まりました。 18:30 よりフルコース・ディナーによる宴会が始まりました。 全員が着席すると、 司会の会田政信君より開会の辞が述べられ、 同君の発声で物故者への黙祷が捧げられ、 山内士具君による世話人代表の挨拶の後、 乾杯の音頭で全員が祝杯を挙げました。 ワイングラスを傾けながらの会食と楽しい談笑が続き、 写真係の村上昶君、 岩根吉孝君、 山内士具君の奮闘で参加者の楽しげな様子がスナップ写真に収められました。 コース料理も中盤となった頃、 会田政信君よりスクリーンを使った岐阜薬大の今昔が紹介され、 当時や三田洞や現在の校舎が映し出され、 当時と現在のカリキュラムの違い等が説明されました。 再び会食と談笑が続いた後に、 清水克祐君と山田敏文君の両名が次回開催予定の中部地区同窓会の世話人代表に選出されました。 最後に全員により校歌が斉唱され、 閉会の辞が述べられて 20:30 に1次会は終りました。 引き続き隣室に場所を移して二次会が始まりました。 カラオケ自慢の歌声で会場は盛り上がり、 スナック片手にアルコールやソフトドリンクを飲みながら楽しい会話で旧交を温めていると、 瞬く間に 22:00 となり二次会終了の時間となりました。 部屋に戻ってベッドに潜り込んだ者、 気心の知れた仲間と夜遅くまで歓談した者、 各自が思い思いに時間を過ごしました。
翌日も好天に恵まれました。 朝食を済ませて9:00 に 『はとバス・ツアー』 に出かけました。 本日の参加者は32名でした。 レインボーブリッジを渡って浅草 隅田公園に着き、 東京スカイツリーの雄姿を遠望した後に浅草寺・仲見世を散策して下町特有の雰囲気を味わいました。 再びバスに乗り、 芝の増上寺前を通って東京タワーに向かい、 地上 145mの大展望台のルックダウン・ウインドゥから怖々と下界を覗いたり、 変貌する都内の景色を眺めたりした後、 帝国ホテルのインペリアルバイキング・サールで昼食を満喫し、 車窓より皇居一周ドライブを楽しんで 15:40 に最終ゴールの東京駅日本橋口に到着しました。 体調不良やトラブルに見舞われることもなく、 全員無事バスツアーを終えて帰宅の途に着きました。 2年後の中部地区での再会が楽しみに思われます。
今回の岐薬33会の開催に当たって多大のご寄付を賜わり、 且つ、 会運営の事務処理等につき全面的にマン・パワーをご提供下さいました山内士具君に謝辞を申し上げます。

[谷口博章 記]

 

 

大学8回卒 同窓会
平成24年5月27日 (日) 岐阜都ホテルに於いて恒例の 「これからは毎年会おう!」 の大学8回卒同窓会に恩師 堀、 水野、 長島、 鵜飼先生方4名の出席を頂き、 全国より同期生42名が顔を合わせました。
記念撮影後、 早野秀君の司会にて、 前回迄出席の恩師と物故者へ黙祷を捧げました。 その後、 高松市より参加の中村敏子君の発声で乾杯し懇親会に入り、 学生時代の話、 近況の会話がはずみ、 大いに盛り上り笑顔で元気を充電した。 続いて、 桜井哲、 長瀬栖子両君の音頭とりで、 校歌、 逍遙歌を合唱し、 川上千里君の楽しい笑いの話しの後、 次回の再会を楽しみに一本締めで閉会となりました。
来年の同窓会は、 平成25年5月19日 (日) 岐阜都ホテルにて開催。 是非出席をお願いします。

[長谷川正弘 記]

 

 

岐薬11 (いい) 会東京:ひな祭り、はとバス遊覧の優雅な一日
3月3日、 ひな祭り。 これを東京でベストに楽しむなら目黒・雅叙園の 「百段雛祭り」 しかありません。 今回、 東京いい会の石丸/二木両幹事の企画は、 これを組み込んだはとバスで楽ちん東京遊覧しながら、 いい会しようという、 我らシニア世代には優しい気配りの一日でした。
スタートは、 六本木ヒルズに登って、 東京シティービュー。 東京いい会は、 前回のスカイツリーと同じく、 イナバウアーしないと撮れないような高い所へ行くのが好き。 次は、 豪華絢爛、〈昭和の竜宮城〉と言われた結婚式場、 目黒・雅叙園へ。 目的は結婚でなく (それも結構)、 ひな祭りと食事。 全国の有名かつレアな雛を集めた百段雛壇は春の人気イベントとあって、 関東の女性客で一杯。 これはもう 「雅叙園」 でなく 「多女園」。 食事のバイキングは、 これら強固な中年女性と競って、 目的のフードを確保します。
今回の参加者は11名。 別に、 いい (11) 会に当て込んだわけではありません。 一年ぶりの再会で、 皆元気な姿を喜びました。 ただ、 鈴木君と筆者は、 花粉症で落ち込み、 マスクでの参加。 とくに鈴木君は花粉症ゴーグルを装着した万全の態勢でした。
この後は、 東京国際フォーラムにある相田みつお美術館へ。 筆者には下手 (へた) 文字としか見えない書を鑑賞しました。 しかし、 ここも意外な盛況。 これは、 テレビ CM 「遊ぼうっていうと、 遊ぼうっていう……」 で、 最近、 東京でなぜか人気の出てきた金子みすゞの特別展が併設されていたからかも。
ラストは、 赤坂エクセルホテル (旧赤坂東急) で 「寛ぎの」 (はとバスの宣伝文句) アフタヌーンティーで歓談して、 散会となった優雅な一日でした。 次回もいい会東京は楽しい企画で、 再会を期したいと思います。

[岡田哲男 記]

 

 

大学12回卒 古希記念同窓会報告
平成23年11月5日 (土) 岐阜グランドホテル 出席者60名 (男性:33名、 女性:27名)
当日、 早めに岐阜へ来て新学舎見学 (36名参加)、 市内・長良川散策、 友とのデート等々各自時間を過ごし、 17:00 ホテル集合。 全員写真撮影後、 校歌流れる会場へ、 席は学籍簿順とし懐かしさを演出。 司会黒部で懇親会スタート。 歓談の合間に欠席者の近況、 初参加者の紹介、 記念文集苦労話、 高価景品抽選会等で盛り上がり、 70歳の集まりとは思えない元気溢れる会でした。 二次会ではカラオケあり、 ワインあり、 その後幹事部屋にて三次会もあったと聞きました。
今回、 10年前の 「還暦記念文集」 に続き、 「古希記念文集」 の企画をしたところ、 59名の方々から原稿が寄せられました。 内容は、 古希雑感、 近況報告、 趣味・人生雑感等々、 いずれも前向き指向で 「生きてる限りは青春だ」 を地で行っているようでした。 執筆者の顔を思い浮かべながら読むと、 懐かしさも加わり、 12回卒の絆を感じる文集になりました。 尚、 文集作成に当たって、 一手に引き受けてくれた正木幸雄氏に感謝感謝。

[黒部 記]

 

 

志満留会 (大学13回卒)「江戸の集い」 旅日記
「新幹線が事故でなぁ、 まだ相生の駅や」 早朝から悲痛な声が電話の向こうにあった。 一泊二日で毎年開催される今年の志満留会は10月9、 10日に計画され、 今日はその初日である。 この調子だと東京・丸ビル前からのバスの出発を1時間ほど遅らせる事になるかなと覚悟して家を出た。
アラ古稀の同期34名を東京に迎え、 古き江戸とモダンな東京をまとめて味わうと云う欲張り企画である。 昨年9月の金沢の集いで、 次は東京での開催と決まって以来、 近郊に住む同期11名で幹事団を結成し、 ほぼ1年を掛けて準備を進めてきた。
幸運にも新幹線の事故による遅れは予想より早く回復し、 参加予定者全員でほぼ予定時刻にバスを出す事が出来た。
先ずはリクエストが多かった東京の新しい名所、 スカイツリーに向かった。 源森橋の上で634m (武蔵) の雄大なタワーを眺め、 それをバックに記念写真を撮った。 次に向かった両国の江戸東京博物館では江戸時代の庶民の暮らしの説明を受け、 いったんホテルに入った後、 すぐその足で江戸の名残を今に残す浅草の町をそぞろ歩いた。
宿泊先は浅草ビューホテルである。 各部屋から隅田川の奥に夕日に映える素晴らしいスカイツリーの眺めを楽しむ事が出来た。 夜の宴会は地元の老舗旅館 「助六の宿 貞千代」 に移動して行われた。 真打の林家のん平師匠の落語と宿主の江戸小話や茶屋遊びなど、 古式豊かな江戸の風情を満喫した。 そしてホテルの幹事室での二次会での歓談でも大いに盛り上がった。 いつもの光景とは言え、至福極まりない時間だった。
翌朝は浅草桟橋から隅田川を船で下った。 東京の裏景色を眺めながら浜離宮経由で日の出桟橋に至り、 先行したバスに乗り込んだ。 近代的な吊橋のレインボーブリッジを渡り、 黒船到来に備えたという旧跡で、 今では新しい若者のスポットとなったお台場も散策出来た。 ここから築地に向かう途中で、 来春にはスカイツリーに電波塔としての役目を譲る東京タワーを車窓から眺めた。 半世紀に亘る通信機能からの引退間近にもかかわらず、 悠然と空にそびえるその姿には、 我々と同時代に日本の高度成長の良き時代を生きた勇者の貴高さえ感じられた。 体育の日の築地市場は休みであったが、 さすが築地の江戸前寿司の昼食は期待通りの味と量であった。 腹を満たした後はのんびりと皇居周辺をバスで巡り、 予定より早く東京駅に到着し、 名残惜しくも解散となった。
3・11の東日本大震災では、 同期の仲間の直接被害は無く幸いだったが、 自粛ムードや節電その他復興中での志満会の開催は、 正直不安だった。 また多忙、 介護、 持病等の様々な理由で欠席の方も多かった。 そんな中で遠方から多くの仲間の参加を頂いた事に対し心から感謝したい。
来年は大井川鉄道と舘山寺温泉の旅が予定されている。 気の置けない同期の面々にまた元気で再会できる事を今から楽しみにしている。

[小西興亜 記 2011年10月30日]

 

 

大学14回生卒業 45周年記念同期会
平成23年10月22、 23日に卒業45周年を記念して、 勉学に勤しみ、 青春を謳歌した岐阜の地に久しぶりに集結し、 同期会を開催しました。 22日は宴会会場集合に先立って、 希望者のみ (25名) で最近岐阜市のメルクマールとなっている岐阜最高層ビル (岐阜シティー・タワー43) 内の健康食レストランで昼食を楽しんだ。 昼食後、 久しぶりの市内バスに乗って、 昔懐かしい柳ヶ瀬を眺めながら平成22年に新装となった新学舎へと向かった。
新学舎は広大な岐阜大学敷地内の西端に位置し、 岐大学医学部、 病院に隣接して建っている。 ホテルを想わせるような外観、 それに広々した玄関ロビーに皆圧倒され、 眼をきょろきょろしている中、 同窓会幹事長の足立哲夫教授が出迎えて下さいました。 まず、 講義室に案内されて、 新しい建物の説明、 新薬学教育の説明を聞いた後、 新教育課程は臨床薬学教育に重点が置かれていることもあり、 足立教授の臨床薬剤学研究室を見学させて頂いた。 半年後 (今年の4月) にはいよいよ新教育課程の第1期生が社会に送られるということを聞き、 新教育の大いなる成果が出てくることを期待した。 僅か1時間程度の短時間の見学であったが、 建物2階の中央にあるしゃれたハーバルガーデンと玄関前で記念写真を撮り、 新学舎を後にして、 同期会宴会会場の十八楼へと移動した。
新たに15名の出席者を加え、 総勢40名が集い、 45周年記念写真撮影の後、 伴幹事の司会で宴会が始まった。 お酒、 食事を楽しみながら、 久しぶりに再会した者、 初めて出席した者共々近況報告も交えて興奮気味の賑やかな時間を過ごした。 予定の時間は瞬く間に過ぎ去りそれに飽き足らず、 場所を変えて行われた二次会にも多数が参加して更に盛り上がった。 二日目は金華山近辺の散策観光組とゴルフ組に分かれてそれぞれ心ゆくまで楽しんだ。 次回は岐阜を離れて中国・四国地区で開催してはどうかとの提案がなされ、 検討することを約して卒後45周年記念同期会は盛会の内にお開きとなった。

[清水 洋 記]

 

 

大学20回卒同窓会開催の報告 (卒後40年)
私たちは昭和47年3月に卒業し、 今年で卒後40年を迎えました。 この時期は、 仕事上では定年を迎え、 社会での第一線を離れ、 人生の新たなスタートをきるなど、 人生の大きな節目に当たる時期です。 そういった意味から、 記念すべき会にしたいと考え、 名古屋地区の幹事を中心に東京と大阪の皆さん方の協力も得て、 中身の濃い、 楽しい懐かしい会にすべく検討を重ねました。
入学時の同窓生は全員で 134 人でしたが、 すでに6名が亡くなりました。 健康上の問題や仕事や家庭の問題などを抱える方も多いようですが、 そのような中で今回68名の同窓生が全国から集まってくださいました。
来賓としては、 私たちが大変お世話になりました元保健体育学教授の中神勝先生に大阪よりお越しいただきました。 大変お元気で若々しいお姿をお見受けするとともに、 我々に人生はまだまだこれからだぞ、 といった激励のお言葉も戴きました。 岐阜薬科大学の客員教授の岸田さんからは、 黒野の新校舎を含む新旧の大学紹介や6年制教育の状況について、 また池野 (岡) さんからは、 当時のクラブ、 研究室、 下宿生活などの懐かしい写真を多くの皆さんから集め、 スライドにし、 面白く紹介をしてもらいました。 会の終わりには、 安藤さんが中心になり、 タニシ踊りを全員で踊り、 校歌を斉唱して会を閉めました。
会終了後には、 貸し切りバスで新旧の校舎、 三田洞弘法を回るコースを企画し、 30名が楽しみました。 また今回の記念として、 原さんと原田さんの同窓会風景の写真や講演スライドなどを CD-R にまとめ、 参加者全員に配布しました。 少しでも同窓生同士の親睦の気持ちをつなぐ記念になればと思っています。
最後に、 会費の残り2万円あまりを東日本大震災義援金に寄付させていただきました。

[幹事代表 村木 秀行]

 

 

第28回卒 関東圏同窓会
2009年9月に卒業30年を記念して全国にいる同窓生が岐阜に集い、 第28回卒同窓会を盛大に開催したことは、 九重第76号に報告された。 このとき、 幹事の一人として微力ながら手伝いをした際、 少ないながら関東地区にも各方面で活躍している同窓生がいることを知り、 また、 関東からはこの同窓会に参加できなかった同窓生もいたことから、 近いうちに関東圏に住んでいる同窓生で同窓会を開催したいと考えていた。
2年後の2011年、 小林基博くんと話をする機会があり、 本件を相談したら 「小林くんが幹事を引き受けるので開催しましょう」 と話がまとまり、 横山裕子さん (旧姓開籐) の協力を得て、 2011年10月22日にニューヨークスタイルダイニング ロブ 銀座店にて第28回卒の関東圏同窓会を開催した。
当日は、 関東圏にいる同窓生15名のうち8名が集まった。 仕事で出張していた門間毅くんは、 空港から会場に直行しての参加だった。 卒業後30年もすると最初は誰か分からなかった人もいたが、 自己紹介を終えた途端、 お互いに昔の顔が浮かび (?)、 三田洞での学生生活やクラブ活動、 研究室生活等の懐かしい話に花が咲き、 さらに、 現在に戻ってお互いの子供の話や自身の健康・趣味の話、 また、 近況報告等幅広い話におおいに盛り上がりをみせ、 あっという間に過ぎた2時間だった。
最後に、 次回はもっと多くの同窓生に参加してもらえるよう努力をして、 関東圏の同窓会の開催を約束し (小林くんが幹事を次回も引き受けると断言!?)、 楽しい思い出とともに三々五々帰途についた。

[杉山充男 記]

 

 

第35回同窓会 (三五 (珊瑚) 会)
昨年 (平成23年) 8月13日、 大学35回卒業生の卒後25周年の同窓会を開催しました。 当日の午前中には、 本部学舎 (新学舎) の見学会を行い、 薬学教育6年制に対応するための模擬薬局などの充実した実習設備や、 リフレッシュコーナーが設けられた研究棟、 渡り廊下の小薬草園など、 自分たちの学生時代にはなかった施設を見学し、 講義室で薬学6年制についてカリキュラムや学生の傾向などの説明を受けました。
見学の後は JR 岐阜駅に隣接する岐阜シティータワー43 ・ 4 F Cafe andor bar DESESSEINTES (カフェアンドアバーデゼッサント) に移動しての同窓会に31名が出席し、 お互いの近況報告の後、 この日ばかりは学生時代に戻ったかのように思い出話に花が咲き、 懐かしさと楽しさにあふれた時間が瞬く間に過ぎてしまいました。 このように楽しい同窓会になったのも、 幹事の労を取られました三浦君、 毛利君のお陰と感謝しています。
次回は5年後の平成28年に、 卒後30周年の同窓会を予定しています。 今回出席できなかった皆様も、 次回の同窓会には是非ご参加くださるようお願いします。

[文責 近藤伸一]

 

第24回岐薬芍薬会の集い(報告)
岐阜芍薬会平成24年度総会は、 5月13日古都奈良で開催されました。 お天気に恵まれ65名が参加、 西大寺の大茶盛を体験した後、 料亭百楽荘での食事を楽しみました。
百楽荘は、 もともと別荘であったとか、 食事の後は新緑の庭を散策して、 日常から解放されたひと時を過ごしました。

[藤田邦美 (大9) 記]

 

第5回卒「金華の会」の報
第三回金華の会は、 東京組の世話で、 2011年10月23日から25日 (2泊3日) の日程で群馬県および東京都の名所観光の旅行を楽しみました。 参加者は、 昨年より6名減って14名 (男6、 女8) で、 東京駅丸の内南口に全員定刻 (12:00) に集合。 予定より1時間早く観光バスで先ず榛名山に向かって出発。 15:00 頃群馬県の榛名山に到着、 ここではロープウエイで山頂や榛名湖の風景を堪能しました。 宿泊先は一番湯の宿 「ホテル木暮」。 有志で源泉のある伊香保神社までの石段街 (365 段) の途中まで見物したり、 北関東最大級の湯殿 (黄金の湯) を満喫して、 夕食では互いに再会を喜び合い楽しいひと時を過ごしました。
次の日は、 足を延ばして東洋のナイアガラと呼ばれている“吹割りの滝”を見物。 規模は本場には及びませんが、 豊富な水量と巧みな地形が織りなす滝は紅葉のシーズンと相俟って壮観の一語で、 各自が絶景をカメラに収めて帰りました。 お昼は日本三大うどんの一つ、 大盛りの水沢うどん (太くこしのある) とジャンボ舞茸のてんぷらを賞味したあと、 一路東京を目指して関越道を戻り、 途中、 高さ 634㍍のスカイツリーを車上から眺めながら、 夕刻に東京アーバンリゾートの青海に到着。 そこから貸切屋形船 (お台場コース) に乗船して、 東京のエキゾチックな夜景とお食事を楽しみました。 船は隅田川からレインボーブリッジを潜り東京湾に出て、 台場や鳥の島が近くに見える東京湾で停泊し、 夜の宴会が開始。 船上で揚げてのてんぷらを賞味しながら各自の近況報告。 毎日を平和に暮す者・旅行を楽しむ者・趣味に勤しむ者等など様々ですが、 昭和28年に岐阜薬大に入学してから58年の歳月が流れたにも拘らず、 まるで学生時代の続きと思えるほどでした。 船上の宴会が終わった後、 二日目の宿泊先の 「ホテル日航東京」 に入り、 ロビーで二次会 (喫茶)、 夜景を愛でながら余韻に浸りました。
第3日目は、 朝食の後、 自由の女神が見られる公園を散策。 ゆりかもめ→山手線を乗り継いで東京駅丸の内南口前から屋根無しのスカイバスに乗車。 丸の内 (三菱ビル前) 発 ⇒ 皇居 ⇒国立近代美術館 ⇒ イギリス大使館 ⇒ 国立劇場 ⇒ 最高裁判所 ⇒ 国会議事堂⇒ 霞が関 ⇒銀座 ⇒ 丸の内 (三菱ビル前) 着、 約1時間の行程を見物。 三菱1号館内の日本料理店で昼食後、 全行程を終了。 東京駅丸の内南口で無事解散、 お天気にも恵まれ全員無事で楽しい、 楽しい三日間でした。 次回 (第四回) は中部組にお世話をお願いします。
追記 大学5回卒同期会の旅行を立ち上げその運営に尽力されました大和新一郎氏が昨年 (平成23年) 9月に逝去されました。 茲に謹んでお悔やみを申し上げますとともにご冥福をお祈り申し上げます (合掌)。

[和田栄治 記]

岐阜薬科大学

HOMEに戻る

top